岩本遠億牧師がFacebookに紹介くださいました。

 無教会伝道者の荒井克浩先生から、新著の『生きているだけで救われている 無教会の変革2・インマヌエルの原事実』を御恵投いただきました。

滝沢克己氏の「インマヌエルの原事実」による万民救済論を荒井先生が解説を加えながら紹介なさるとともに、「インマヌエルの原事実」が聖書の中にどのように語られているかを聖書講話の中で解き明かしておられます。ご自分の信仰理解の変化の軌跡も語られており、共感を覚えます。今日届いて、まだ全部は読んでいないのですが、少し読んだところからご紹介します。

 「まえがき」の中に「無教会は、無境界である」という言葉が出てきますが、これにはハッとさせられます。教会は境界を作ってきたのではないか? 境界を越えることを他者に要求してきたのではないか? 「無教会の変革2」とありますが、教会こそ、この書を読まなければならないのではないかと思います。

また、「インマヌエルの原事実」とは単なる理念ではなく、インマヌエルに出会うことによって、人はありのままで本物になるということが語られています。インマヌエルに出会うとは、キリスト教への改宗ということではなく、それを超えたことだと。

さらに、神が人となられたクリスマスは、絶対者が絶対者としてこの地に来られたのではなく、相対化された人として来られた出来事であったというところに「インマヌエルの原事実」が表されていると述べられています。

 私は先日刊行された拙著『完全な愛が現れた・人は悪魔に勝った ルカの福音書説教集4』(ヨベル)に、イエスは人として(神としてではなく)悪魔に勝利した、ここに悪魔の敗北が決したという説教を収録しましたが、キリストの受肉の意味について同様の理解に立っていらっしゃると感じました。

 聖書講話の中には仏教の話も出てきますし、違和感を覚える方もいらっしゃるかと思います。しかし、この書を読むと、真のキリスト者として生きるとは、他宗教や無宗教に対してマウントを取ることではない、真にインマヌエルなる神と出会うことであり、それによって本物の自分を生きることなのだ、それによって真に他者とともに生きることなのだということがわかってきます。

 多くのクリスチャンの方々に読んでいただきたい一冊です。