大韓聖公会 全国女性聖職者会 [著]関 澄子 [訳]共に歩き出す女性たちの道  私たちの司祭

大韓聖公会 全国女性聖職者会 [著]関 澄子 [訳]共に歩き出す女性たちの道  私たちの司祭

四六判・216頁・1,700 円+税
ISBN978-4-911054-90-1 C0016

韓国聖公会の歴史において女性が按手礼を受け司祭となるのはまさに茨の道。司牧の現場でも差別と偏見、冷遇と拒絶は今なお絶えない。それでもイエスのいのちのパンを人々と分ち合うために私たちはこの道に召された―。歴史と宣教の主体である女性たちによって綴られた現代韓国の教会史。

序文 自らが道となった女性たち

1章 女性聖職の始まり、婦人伝道師の物語
初代女性指導者、ユニス・()婦人伝道師の養成課程

婦人伝道師の物語
差別を切り開いた家庭訪問の道、サロメ・婦人伝道師

日本軍の武力を前にして教会を守った信仰
マリア・伝道師/数百名の魂を救う ミリアム・婦人伝道師/教会の強みは真理 エスター・婦人伝道師/教会の大黒柱 アンナ・婦人伝道師/ムーダン(シャーマン)を導いたサラ婦人伝道師/信仰による保育 ミダ・婦人伝道師/教会の礎石を据えた婦人伝道師たち/消えない炎、女性指導者「婦人伝道師」/婦人伝道師の活動教会と派遣

2章 大韓聖公会女性組織結成と女性教役者の物語
婦人会を結成/GFS結成

女性教役者の物語
女性聖職の扉を開いた・司祭/一般信徒でありつつ司祭の心で、ミリアム・婦人伝道師/婦人会の母、・宣教師

3章 新たな女性の働きと女性神学生

自主的で独立した若い女性の会
開かれた会員構成/若い女性の会会報『井戸端』/武器類玩具の追放運動/女性の目で読む聖書/招きを受けた女性の物語/20年かかった神の完璧な演出「按手」 ・司祭/カタリナ・・修女司祭の聖職旅物語/その他の活動/女性司牧者の原型 クララ・・ 教区婦人伝道師

4章 女性聖職実現のための女性たちによる連帯活動
ソウル教区女性部と聖公会女性連合/女性の指導力開発、女性聖書教室

女性の視点を反映する政策立案 — 女性政策協議会

女性の歴史再建 — 大韓聖公会の女性100年史編纂

教育と宣教の場、女性会館建設

女性代議員が1名もいない主教選出
ソウル教区主教選出に関する私たちの希望

教会宣教の話題、女性聖職

大韓聖公会女性聖職年表

5章 女性司祭の物語
ドミニカ・・2002年教区司祭按手/アガサ・・2003年教区司祭按手/ミリアム・・2004年ソウル教区司祭按手/エダ・・2004年ソウル教区司祭按手/テレサ・・2004年教区司祭按手/ぺトゥラ・・2004年教区司祭按手/マーガレット・・2005年ソウル教区司祭按手/エスター・・2009年ソウル教区司祭按手/エリザベス・・修女2009年ソウル教区司祭按手/クララ・・2010年ソウル教区司祭按手/エスター・・プニ2010年教区司祭按手/デボラ・・2011年教区司祭按手/アンナ・・2012年ソウル教区司祭按手/ルシア・・ハニ2012年ソウル教区司祭按手/ハンナ・・2015年ソウル教区司祭按手/デボラ・・2018年ソウル教区司祭按手/フランシス・・修女2020年教区司祭按手

【付録1】聖書は女性聖職に反対しているのか

大韓聖公会女性聖職受容(案)議論に提示された女性聖職に反対する聖書記述への神学的応/大韓聖公会第29次ソウル教区会議で提示された女性聖職受容への反対意/聖書は何を語っているのか/二つの異なる創造物語/かむり物は服従の象徴か/聖書は女性たちが沈黙することを望んでいるのか/女性は男性を教えるべきでないのか/仕え合う/その他の論拠についての考察

【付録2】世界聖公会女性聖職の神学的根拠と現況

(本書刊行の意義)   代表執筆者 ・

世界聖公会女性聖職年表

注/推薦図書

訳者あとがき

日本聖公会女性聖職按手年表

著者 大韓聖公会 全国女性聖職会
大韓聖公会全国女性聖職会はソウル、大田(テ ジョン)、釜山(プサン)教区所属の女性聖職者たちと大韓聖公会で按手され海外で活動する女性聖職者たちの集まりである。女性聖職者たちが互いの牧会のため祈りつつ支え合い連帯している。年一度の全体リトリートは女性聖職として招かれた互いの召命を確認し、各々がその人生の居場所での悲喜こもごもの経験を深く共感し、分かち合う時間となっている。
女性神学を中心に多様な分野の神学講座を開き、より多くの人々が性における平等の視点に立てるよう援助している。

代表執筆 ドミニカ 朴・美賢(ミヒョン)
日本聖公会沖縄教区名護聖ヨハネ教会司祭・牧師。聖公会神学大学神学科、聖公会司牧研究院(M.Div.)を卒業し、梨花女子大学院において女性神学専攻で(MA)を、聖公会大学において論文〈沖縄の女性の苦難と恨についての女性神学的考察〉で博士学位を取得。イエスが私たちにくださった命のパンは丸いパン。一切れではなくそれは多様性を持った一片一片の集まりであり、私たちを一つになるよう働かれているという信仰によって牧会を行なっている。