荒井克浩 [著]生きているだけで救われている―無教会の変革2・インマヌエルの原事実

荒井克浩 [著]生きているだけで救われている―無教会の変革2・インマヌエルの原事実

四六判上製・348頁・1,700 円+税
ISBN978-4-911054-89-5 C0016

神が無条件に人と共に在る――かつて滝沢克己が見出した「インマヌエルの原事実」。無教会の流れを汲む著者が伝道者生命を賭けてこれを継承し、今の言葉に語り継ぐ。イエス・キリストも無い、信じるか信じないかでもない、全くの無条件なのだ――福音本来の使信に立ち返った清々(すがすが)しさが全編に溢れている!

私が無教会の中に脈々として流れる「無条件の救い」を探究し続け、たどり着いた「インマヌエルの原事実」は、私自身、無教会中の無教会である、と信じております。なぜならば、そこにはほんとうの「無境界(無教会)」が成立しているからです。つまり異なる他者との共存が、積極的に福音理解として成立しているからです。そして何よりも、すべての人がすでに無条件に救われていることが示されているからです。(「まえがき」より)

まえがき

第一章 インマヌエルの原事実とは何か

第二章 インマヌエルの様相
・今年、すべての人の救いのために告げ知らせたいこと
・晴佐久昌英神父と滝沢克己
・芥川龍之介『おぎん』に学ぶ
・全ての人と共におられる神
・柳宗悦『美の法門』を読んで
・一切の罪の根が絶たれているところ
・無条件の赦しはインマヌエル― 高橋哲哉「イスラエルとパレスチナ問題をめぐって」に見る無条件の赦しを考える ローマ13章8‐10節
・無条件の赦しに関して
・絶対無償の愛
・十字架に関して
・横竹明房牧師の信仰
・被爆クスノキ
・根を掘り下げる

第三章 生きているだけで救われている
人は生きているだけで救われている― その名はインマヌエルと呼ばれる

第四章 クリスマスとインマヌエル
言が肉となった― 処女降誕を新たに受容する
インマヌエルの福音と処女受胎― 絶対性から相対性へ
インマヌエルとの出会い―その人がその人のままでその人となる・クリスマス物語

第五章 中村哲とインマヌエル
根が聖なるものであれば ―インマヌエルの真実に生きた中村哲
野の花を見よ

第六章 アンパンマンとインマヌエル
インマヌエルとあんぱんまん― 嫌な相手とも一緒に生きる
聖書よりもアンパンマン

第七章 聖書講話
バプテスマ
キリストの死にあずかる 洗礼― 倉田百三『出家とその弟子』に学ぶ ローマ6章1‐11節
永遠の命― 有島武郎の死と救い ローマ6章17‐23節
アッバ、父よ ローマ8章12‐17節
人と被造物の存在の根拠 ローマ8章18‐25節
憐みの器にも、怒りの器にも ローマ9章19‐29節
つまずきの石 ローマ9章30‐33節
福音の原音を聞く ローマ10章14‐21節
神の心の外ではない ローマ11章1‐10節
インマヌエルに生きる ローマ12章1‐2節
全ての人の中に神を見る ローマ12章9‐21節
「神の空間」に生きる ローマ14章5‐12節
ほんとうの支え ローマ14章13‐17節
十字架の極み ― 捨てられたままで救われている ローマ15章1‐6節

参考文献/あとがき

荒井克浩(あらい・かつひろ)
1961 年、東京に生まれる。立教大学経済学部卒業。無教会伝道者・高橋三郎に師事。日本聖書神学校卒業。独立伝道者。無教会・駒込キリスト聖書集会主宰。個人伝道雑誌『十字架の祈り』主筆。内村鑑三の聖書講義や図書・資料を管理するNPO 法人今井館教友会元常務理事・元事務局長。2021年に実現した目黒区中根から文京区本駒込への今井館移転に尽力した。

主な著書・論文等

『無教会の変革 ―― 贖罪信仰から信仰義認へ、信仰義認から義認信仰へ』(教文館、2024)。滝沢克己『中学生の孫への手紙』「滝沢克己先生との出会い」(滝谷美佐保編、ヨベル、2025)、思想のひろば編集委員会編『思想のひろば』33 号、「根が聖なるものであれば ―― インマヌエルの真実に生きた中村哲」(NPO 法人滝沢克己協会、2026)